出なし(でなし)

出なし(でなし)とは:
張り込み調査を行っている時間中、調査対象者(マル対)が自宅、勤務先、ホテルなどの監視対象の建物から、一切出入り(外出・帰宅など)をしない状態のこと。

出なしのリアル:ある探偵の記録

「張り込み開始から7時間。マル対の動きはありません。現在の状況は『出なし(でなし)』です」

冷え切った冬の午後9時。潜入車両の窓ガラスがうっすらと白く曇るのを、私は指先でそっと拭った。視線の先にあるのは、今回の調査対象者(マル対)が暮らすマンションの一室。明かりはついているが、カーテンは閉まったまま、人影が動く様子もない。本日の調査時間中に、ターゲットが一度も姿を現さない状態――私たちは今、「出なし」に直面していた。

「探偵の仕事は、動いている時間よりも、じっと耐えている時間の方が圧倒的に長い」

私たちは神ではない。いくら事前の予備調査を徹底しても、人間の気まぐれな行動を完璧にコントロールすることはできない。今日、必ず不倫相手と会うはずだという確度の高い日であっても、「急に体調を崩した」「気が変わって自宅で過ごすことにした」という理由だけで、対象者が一歩も外に出ない日は現実に存在する。それが『出なし』だ。

初心者や未熟な調査員であれば、「今日はもう出てこないのではないか」と油断し、張り込みの集中力を切らしてしまうかもしれない。しかし、プロの探偵にその甘えは許されない。「出なし」が続いているときこそ、最も張り詰めた緊張感が必要とされる。なぜなら、私たちが「どうせ出てこない」と目を離した、そのわずか数十秒の隙を突いて対象者が動き出すケースを、嫌というほど見てきたからだ。10時間何もなくても、10時間1分目に対象者が動けば、そこからが勝負になる。

結局、その日は深夜の調査終了時刻を迎えるまで、マンションの扉が開くことはなかった。冷え切った車内でカメラを収め、機材をチェックする。一見すると「空振り」のようにも思えるが、私の心に焦りはなかった。なぜなら、プロの調査における『出なし』は、決して無駄な結果ではないことを知っているからだ。

「出なし」という結果が持つ、もう一つの重要性

調査対象者が「動かなかった(出なしだった)」という事実は、決して調査の失敗を意味するものではありません。「○月○日の○時から○時まで、対象者は自宅から一歩も外出せず、浮気の事実は確認されなかった」という情報は、依頼人にとって「その日は潔白であった」という確実な行動証明(アリバイの検証)になります。また、裁判などで「対象者の日常の行動パターン」を立証するための貴重なデータにもなります。プロの探偵が報告する「出なし」には、耐え抜いた時間の分だけ、強固な事実の重みが詰まっているのです。